千葉大学 大学院医学研究院 和漢診療学講座

和漢診療学講座について

国際情勢

漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療を取り巻く国際情勢

 これまで各国の伝統医療の診断や処方に用いられてきた手技や生薬の効果・効能を裏打ちする伝統的知識は、公知で、誰もが自由に、無料で利用できるものと考えられてきました。しかし、現在、世界の医療・健康産業の側面から、漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療を取り巻く国外環境は、従来の我々の認識を超え、急激に変化しています。

 伝統医療に係る「遺伝資源」や「伝統的知識」に関する事柄は、国連教育科学文化機関(UNESCO: United Nations Educational、 Scientific and Cultural Organization)や国際標準化機構(ISO: International Organization for Standardization)、世界保健機関(WHO: World Health Organization)、生物多様性条約(CBD: Convention on Biological Diversity)、世界貿易機関/知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(WTO / TRIP: World Trade Organization / Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP: Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)、世界知的所有権機関(WIPO: World Intellectual Property Organization)、国連食糧農業機関(FAO: Food and Agriculture Organization)など、文化・産業・医療・環境・貿易・知的財産・農業など多岐に亘る国際機関や条約で、同時多発的に、個別かつ専門的に議論されています。そして、資源国(主に開発途上国)と利用国(主に先進工業国)、各国の駆け引きや攻防が随所で展開され、南北問題の一端にもなっています。

 しかし、自国に伝統医療が存在し、自国の伝統医療は自国の資源(医療資源、文化資源、知的資源)であると認識している中国や韓国、台湾、ベトナム、インドとは異なり、自国の伝統医療は自国の資源(医療資源、文化資源、知的資源)であると認識していない日本では、漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療を国民の福祉や国益に積極的に利活用するまでには至っていないのが現状です。従って日本は、中国や韓国、台湾、ベトナム、インドなどの国々に、後れを取っていることは否めません。

 伝統医療に係る「遺伝資源」と共にそれを裏打ちする「伝統的知識」が富を生み出す時代となった今日、漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療界は、否応なしに、これら多岐に亘る国際機関や条約での伝統医療に係る「遺伝資源」や「伝統的知識」の議論を包括的かつ有機的に捉え、俯瞰的な視点で、ISOをはじめとした個々の国際機関や条約での漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療に係る問題解決に当らなければならない時期に来ています。このような漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療を取り巻く国際情勢の変化に持続的に善処していくには、先ずは「漢方や鍼灸をはじめとした日本の伝統医療は日本の資源(医療資源、文化資源、知的資源)である」と認識する、日本の国民一人一人の意識改革が必要不可欠です。