細菌は我々を取り巻く環境の至る所に存在しているだけではなく、我々の体内にも常在菌として住み着いている。これらの細菌の中にはヒトに有用な細菌もいるが、逆に強い病原性を発揮するものもある。近年、医療の進歩に伴って病原性の強くない、いわゆる日和見病原体による感染も重要視されてきている。感染成立に関与している因子として生体の持つ防御機構と寄生体側すなわち菌側の病原性とが考えられるが、我々の研究室では菌側の持つ病原因子の解明とその作用機構、さらにその病原因子を抑制する物質の検索などを目標としている。以下に我々が目指している目標のそれぞれについて主にどのような仕事が展開されてきているかを概説する。
腸管出血性大腸菌は主要な病原因子として志賀毒素を産生する。志賀毒素には構造的にも機能的にもよく似た志賀毒素1(Stx1)と志賀毒素2(Stx2)が存在する。疫学的な解析から、Stx2を産生する腸管出血性大腸菌の方がStx2を産生しない腸管出血性大腸菌よりも重症化に関係していることが示唆されている。このことは各々の毒素活性、あるいは腸管出血性大腸菌による毒素の産生量、産生のタイミング、産生された毒素の菌体外への放出などに違いがあり、それがStx2を産生する腸管出血性大腸菌のより高い病原性に関与していると思われるが、どのようなStx1とStx2の違いが腸管出血性大腸菌自体の病原性の違いに関与しているのかは、まだよく分かっていない。そこで我々はこのことを明らかにする目的で、Stx1とStx2の違いの1つである産生後の菌体内外への志賀毒素の分布の解析をおこなっている。現在までに、Stx2が菌体外に局在しているのはStx2に対する二種類の全く異なったStx2放出機構が腸管出血性大腸菌に存在しているためであることが明らかになった。今後は、この二種類の特異的な志賀毒素放出機構の解析をおこない、腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素の菌体外放出の全容を明らかにしていきたい。
腸管出血性大腸菌は非常に少ない菌で感染が成立することが知られている。このことは外部環境に応じて、菌体がその時々に適切な遺伝子を発現し、病原性を発揮しているからだと考えられるが、詳細は分かっていない。腸管出血性大腸菌が宿主との感染成立に重要なステップの1つとして三型分泌機構による特徴的な腸管上皮細胞との接着がある。最近、我々はこの接着時に腸管出血性大腸菌が志賀毒素の産生を上昇させている事実を見つけた。現在、このことがどのような仕組みで起こっているのか。また、腸管出血性大腸菌はどのようにして自身が宿主の細胞に接着したことを認識しているのかを解析している。