本学の医化学・生化学分野は柏戸留吉教授(1912-1916)、末吉雄治教授(1917-1919)、赤松茂教授(1922-1960)、三浦義彰教授(1960-1981)に連綿と引き継がれる中、1967年に生化学第一、第二の2講座体制となりました。千葉大学医学部生化学第二教室は橘正道教授(1968-1996)、鈴木信夫教授(1996-2012)によって主催された後、2013年春に私がその後任として東京大学先端科学技術研究センターより着任しました。分子腫瘍学/Department of Molecular Oncology と改称し、2023年に11年目を迎えます。

 大学院医学研究院においては、ゲノム情報を制御し細胞の運命を決定するゲノム修飾(=エピゲノム)と、その異常による癌発生について、分子腫瘍学の研究を指導しています。医学部の生化学教育においては、細胞・生命維持の基礎でありゲノム修飾や癌など様々な疾患で異常を呈する代謝生化学について、講義・実習を行っています。

 「エピ(epi-)」というのは「上」の意味を持つ接頭辞です。生命の基本設計図であるゲノムDNA塩基配列そのものではなく、ゲノムに付随する修飾物であり、ゲノム情報と共に細胞分裂の際に娘細胞に維持・伝達される修飾情報の総称をエピゲノムと言います。私たちの体を構成する細胞1つ1つは、基本的に全く同一のゲノム情報を持っているにも関わらず、発生・分化の過程において様々な振舞いを見せることが可能です。それは、ゲノム上のどの遺伝子が使われどの遺伝子が使われないかを、ゲノム上の修飾物であるエピゲノム情報が調整しているからです。

 ゲノムDNAは細胞核内にクロマチン構造として折り畳まれて収納されています。クロマチンの基本単位であるヌクレオソームは、147塩基対のDNAがヒストン8量体の周囲に1.75回巻きついた構造をしています。ゲノムDNA塩基配列中のCpG配列におけるシトシン(C)のメチル化は、一般的にその領域を不活化する修飾として知られます。ヒストンテールと呼ばれるヒストンN末端がアセチル化されるとその領域は活性化されますが、ヒストンはアセチル化以外にもメチル化など様々な修飾を受けて転写制御に大きく関わります。不活性な状態のゲノム領域は使われずに折りたたまれヘテロクロマチンを形成し、逆に活性化して開いたゲノム領域はユークロマチンと呼ばれ活性化した遺伝子のプロモーターやエンハンサーがループ構造を形成して3次元的に近接しています。

 正常な細胞では、様々なエピゲノム修飾が緻密に遺伝子発現を制御し細胞の振舞いを正常にコントロールしています。しかし感染や炎症など様々な環境要因や代謝の異常はエピゲノムを変化させ、細胞にエピゲノム異常が蓄積すると癌の発生・進展に深く関与します。各環境要因がどのようにエピゲノム変化を誘導し細胞を発癌させるのか、エピゲノム制御因子はどのように細胞をコントロールし、また発癌に関わるのか、エピゲノムの知見から発癌の本態を解明する基礎研究と、癌発症リスク診断や治療・予防戦略を築く疾患エピゲノム研究を推進します。

 私どものゲノム医化学、癌エピゲノム研究に興味のある方、お気軽にお問い合わせください。