千葉大学大学院医学研究院
呼吸器内科学
千葉大学病院
呼吸器内科
留学先 University of Nebraska Medical Center(2011-2014)
私は、巽 浩一郎教授のご紹介により米国ネブラスカ州のUniversity of Nebraska Medical Center(以下UNMC)呼吸器内科学教室(Stephen I. Rennard教授)に留学をして参りましたので報告します(2011-2014年)。
ネブラスカ州は中西部に位置する人口180万人の州で畜産業や農業が有名です。UNMCがあるオマハ市はネブラスカ州最大の都市で、人口約40万人の都市です。アメリカのほぼ中央に位置する関係で、大企業の本社(鉄道会社のユニオンパシフィック、世界3位の富豪であるウォーレンバフェット率いるバークシャーハサウェイ、建設会社Kiewitなど)が複数あり、経済的に恵まれた街です。一方、市街から車で20分も運転すれば一面トウモロコシ畑が広がり、のどかで治安もよく非常に暮らしやすい街です。
Stephen I. Rennard先生は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の世界的権威として大変高名な方です。最近、COPDの大規模臨床試験であるECLIPSE studyを主導し、COPDのフェノタイプについて明らかにしました(N Engl J Med. 2011;365:1184.)。現在は、COPDの個別化医療に関する大規模試験(SPIROMICS試験)のChairをされ、世界のCOPD治療をまさにリードされています。教育熱心、温厚、かつ思いやりにあふれた素晴らしい先生です。私が、UNMCに留学した理由はRennard先生の薫陶を受けるためであったといっても過言ではありません。
Rennard研究室では、主にCOPDの気道リモデリングおよび肺組織修復メカニズムの研究を行っています。COPDでは喫煙に対する肺の修復能力が低下しています。当教室は、その原因に肺線維芽細胞の修復能低下が関与していることを明らかにしました(Am J Respir Crit Care Med. 2008;178:248.)。また、iPS細胞を用いてその機能を回復するすることに成功し(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2014;306:L552.)、肺線維芽細胞機能に着目した先駆的な研究を行っています。Rennard研究室は、これまでに日本人(30人以上)を含む世界中の研究者を受け入れています。有名な教室で、留学当初は非常に緊張していましたが、アットホームな雰囲気ですぐに馴染むことができました。
さて、私の研究テーマは、「COPD肺線維芽細胞の機能がなぜ変化しているのか、薬剤によりその機能を修復することが可能か?」ということでした。最近、マイクロRNA(miRNA)の異常が様々な疾患の病態に関連していることが明らかになっています。MiRNAは標的遺伝子に結合し、その発現を抑制します。一つのmiRNAは数百の標的遺伝子を持つことから、広範な生体活動に影響を与えると考えられています。一方、これまでCOPDにおけるmiRNAの役割、特に肺線維芽細胞機能への影響は十分に解明されていませんでした。そこで、私はCOPD患者の肺線維芽細胞のmiRNAの発現をマイクロアレイ法により網羅的に解析し、健常者と比してCOPDではmiRNAの発現が変化している事を明らかにしました(In Vitro Cell Dev Biol Anim. 2015;51:390.)。さらに、同定した複数のmiRNAが肺線維芽細胞の組織恒常能等を制御している事を示し、COPD肺線維芽細胞の機能がマイクロRNAレベルで変化している事を明らかにました(投稿中)。
最近、COPD患者において、PDE4阻害薬によるFEV1減少の軽減と急性増悪予防の有効性が証明され、欧米ではCOPDの標準治療薬となっています。PDE4は細胞内のcAMP分解を促進する酵素で、PDE4阻害薬は細胞内のcAMPの濃度を上昇しその効果を発揮します。肺線維芽細胞は血管内皮細胞の生存に必須であるVEGFの主要な産生細胞ですが、その産生にはcAMPが関連しています。私は、PDE4阻害薬が肺線維芽細胞のVEGF産生を増強することを明らかにし、PDE4阻害薬がCOPDの血管異常を修復する可能性について報告しました(Am J Respir Cell Mol Biol. 2013;49:571.)。以上より、COPDの組織修復に着目した薬物治療の可能性、miRNAを用いた診断や治療応用が期待される結果を得る事ができました。
研究は、一筋縄でいかないことも多かったですが、Rennard先生や研究室のメンバーとの議論を通じ遂行していきました。Rennard先生は、常に問題の本質をついたアドバイスを下さり、知識の豊富さ、深さ、発想力に強く感銘を受けました。Rennard先生に薫陶を頂いたことは、人生の貴重な財産となりました。留学生活は、苦労する事も多かったですが、家族や現地の友人の協力があり大過なく生活することができました。休日には、ホームパーティー、バーベキュー、ハローウィンパーティー等々、楽しい時間を過ごしました。また、夏休みを利用して、イエローストーン国立公園、ヨセミテ国立公園、グランドキャニオン等を車で巡り、雄大な自然を体感したことは無二の思い出です。
留学生活を振り返ると、Rennard先生をはじめとする優れた研究者との交流、整った環境での研究、英語、論理力の研鑽、異文化交流など、貴重な経験を得ることができました。
特に、研究を通じて、臨床で直面する問題をどのように解決していくのか、その思考法やスキルを磨くことができた点は大変有意義であったと思います。このような素晴らしい機会を与えて頂きました、巽 浩一郎教授、Stephen I. Rennard教授および研究室のメンバー、呼吸器内科医局、同門会の皆様に厚く御礼申し上げます。今後は、呼吸器疾患の診療を発展していけるように、診療、研究、教育に尽力していきたいと思います。
当科は伝統ある教室で、充実した臨床研修、研究や留学の機会を得ることができます。
当教室や留学に興味のある方はぜひ気軽にお訪ねください。ともに切磋琢磨できることを楽しみにしています。