千葉大学大学院医学研究院
脳神経外科学
千葉大学病院
脳神経外科
千葉大学医学部附属病院 脳神経外科
樋口 佳則
パーキンソン病の症状は,ふるえ,こわばり,動きにくい,すくみあし,転びやすいなどの症状が代表的です.このような症状で困ってきたらお薬での治療が必要となります.通常パーキンソン病の治療は,薬での治療からはじまります.ドパミン,ドパミン作動薬,貼り薬などもあり,様々なお薬の効果を考え,脳神経内科医がお薬を処方します.
一部の患者さんでは,お薬での治療では効果が不十分な場合があります.
そのような場合には,脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation, DBS)により,症状の改善が期待できる場合があります。
脳深部刺激療法は脳の特定の部位に 電極を挿入し,持続的に刺激することにより神経症状を緩和,改善させる治療法です.これまで,世界で8万人以上のパーキンソン病患者様が脳深部刺激療法を受けられ,高い評価を受けています.これまでに多くの方に治療が行われ,良好な治療成績がおさめられています.
千葉大学医学部付属病院では,脳神経外科・神経内科・リハビリテーション科が合同で治療にあたる体制をとっており,より安全に効果的な治療を行えるよう努めています. 脳深部刺激療法は,以前の脳の一部を凝固する破壊術と比較し,侵襲性が少なく,刺激の条件を調節,またある程度選択的に抑制が可能な治療法です.パーキンソン病の脳深部刺激療法で,刺激する部分は視床下核,淡蒼球内節,視床がありますが,もっとも重い症状により適切な部位が選択されます.
パーキンソン病治療の第一は薬物療法ですが,長期間の経過の中で薬物療法での症状がコントロールの困難となる方がいらっしゃいます.このような方の中で,脳深部刺激療法が症状の改善に有用な方がいます.
パーキンソン病の症状は,L-ドーパ(ECドパール,メネシット,ネオドパストンなど)やドーパミン作動性薬剤(ビシフロール,レキップ,ニュープロなど)により改善されますが,長期間の治療の後に薬効に変化を来す方がいます.薬効時間が短縮し,服用後数時間の経過の後に薬の効果が消退する現象が出現します(ウエアリングオフ現象).
抗パーキンソン病薬の服用に伴って生じる不随意運動をジスキネジアといい,運動症状の日内変動とともに運動合併症のひとつとして知られています.
下記の図は,一日の症状の変化を示しています.横軸が時間で,縦軸が症状の重さを表しています.下に行くほど症状が重くなります.
このような,運動症状の日内変動がひどくなった場合や薬剤による運動合併症が生じた場合には,薬物治療の調節を行い,最適な服薬条件を検討します.
パーキンソン病の患者さんでDBSなどの外科的治療を考えるタイミングをしめした報告があります(Antonini 2018 Curr Medical Res Opin).5回以上に分けてドパミン製剤を服用している.日中に2時間以上のオフ期がある.1時間以上の生活に支障のあるジスキネジアがある.
脳深部刺激療法(視床下核刺激療法)は以下のような効果が期待できます.手術の効果は基本的には運動症状をよくすることが第一の目標です.
脳深部刺激療法の効果について
①症状の軽減
オン時間の増加
抗パーキンソン病薬の薬効時間が長くなり,良い状態が長くなります.
オフ時の運動症状の改善
オフの状態での固縮・寡動などの症状の改善が期待できます.また,歩行・姿勢・姿勢安定性,すくみ歩行などに対する効果が報告されています.
以上をまとめると,症状の一番悪い状態が軽くなるという底上げ効果が期待できます.
②ドーパミンの必要量の減少
抗パーキンソン病薬の減量効果には個人差がありますが,現在のお薬の量の60-70 %程度になります(視床下核刺激の場合).
抗パーキンソン病薬を服用してもっとも良い状態(オンの状態)となったときより,症状が改善することは期待できません.
刺激部位の違いにより,薬物療法の減量効果は異なります.70歳以上の患者様,ジスキネジアが著明な患者様は,淡蒼球という部分の刺激を行うことが多く,この場合には服用している薬剤の量は術前後では大きく変わりません.
4.脳深部刺激療法の手術適応
前述のような状態の患者様で,
①運動症状の日内変動が非常に大きい方
②薬物誘発性の不随意運動のため薬物療法に制限のある方
③薬物誘発性ジスキネジア以外の副作用のため薬物療法に制限のある方
が脳深部刺激療法による症状の改善を期待できるといわれています.
しかし,次のような方には,手術が困難なことがあります.
①重篤な全身合併症(未治療の高血圧,糖尿病など)
②血液を固めにくくする薬(抗血小板剤,抗凝固剤)を服用されている方
③著しい精神症状・認知障害がある方
④以前に脳の大きな手術を受けられている方
⑤全身麻酔に耐えられない全身状態
5.手術の合併症
脳深部刺激療法は頭蓋内に電極を埋め込む手術と刺激装置を胸部に埋め込む手術を行いますので,以下のような手術による合併症を伴う場合があります.
○頭蓋内出血 1.68% (日本定位・機能神経外科学会症例登録調査)
○感染・電極,刺激装置の破損
○刺激・服薬の調節に伴う症状の変動
6.治療の経過
術前評価
脳神経外科・神経内科・リハビリテーション科・精神科により,外来もしくは入院で診察させていただき,現在の症状の評価,治療の効果を予測して,それぞれの患者様にとってもっとも適した治療法を検討させていただきます.
手術
手術を行うことが決定した場合,手術日の前週に入院して頂き準備をします.手術は①電極埋め込み(局所麻酔)②刺激装置埋め込み(全身麻酔)を行います.概ね5−6時間程度の手術です.
入院期間は手術と術後調節を含め2~3週間ほどを見て頂きます.患者様の状態により前後します. 術後は,刺激条件を調節し,同時に抗パーキンソン病薬の調節を行います.この間,症状が変動する時期があります.最終的な調整は,外来通院にて行います. 安定するまでに3~6ヶ月程度必要です.
刺激装置には非充電式と充電式の2種類があります.それぞれ、
メリットデメリットがあります.患者様自身で選択は可能ですが,病状により使い分けが必要です.
非充電式の刺激装置の電池の寿命は3~5年です.刺激条件により電池の寿命は変化します.非充電式刺激装置の電池がなくなった場合には,胸部の刺激装置の部分のみを交換するための局所麻酔の手術が必要です.充電式の刺激装置もあり10~15年程度入れ換えは必要ありませんが,充電操作が必要となります.充電の頻度は,毎日行えば比較的短時間ですみますが,充電間隔を長くすると,1回の充電に必要な時間は増加します.
7.脳深部刺激装置埋め込み後の日常生活の注意事項
刺激装置は「超小型精密コンピューター」のようなものです.外部からの強力な電気や磁気により影響を受けます.多くの電化製品は問題ありませんが,強力な磁場を発生する電気製品には使用しないもしくは近づかないといった注意が必要です.しかし,万が一刺激装置のスイッチが切れてしまっても,ご自身もしくはご家族で,刺激装置のスイッチの入・切の確認とスイッチを入れることが可能です.確認装置の使用方法は簡単なものですので,使い方を覚えていただき,退院時までにお渡ししています.
医療機関で受けられるCTやMRIには注意が必要です.MRIは条件を整えれば可能ですが,脳深部刺激療法を行っていない医療機関では検査はできません.もし,MRI検査が必要な場合には,主治医にお申し出下さい.CTは刺激装置に直接放射線が当たる検査では確認が必要ですが,頭部,腹部などのCTはで問題なく施行できます.
8.手術のために実際にお支払いいただく治療費
特定疾患医療受給者票をお持ちの方は,難病医療費助成制度の範囲の治療です.自己負担額の上限額は,所得や病状により異なります.公費負担の対象となりますので,一部の自己負担を入院費としてお支払いいただきます.
特定疾患医療受給者票をお持ちでない方は,高額療養費制度が利用可能です.公的医療保険の窓口で『限度額適用認定証』を取得すれば,申請限度額を超える分は払わなくてよくなります.
9.まとめ
手術により得られる効果が,手術のリスクよりも大きいと判断される場合,私たちは手術をおすすめしています.
脳深部刺激療法は,現在のオフ期の症状を改善し,1日の内で動けるときと動けないときの差をできる限り少なくすること,不随意運動を軽減するための治療です.術後もお薬での治療を継続することが必要で,薬物治療と二人三脚での治療を行っていきます.つまり,主治医の神経内科の先生と共同で治療を行っていきます.