千葉大学大学院医学研究院
産婦人科学講座
千葉大学病院
産科・婦人科
さる4月14日に、地域さんかプロジェクトProject Zeroを立ち上げました。これは、母体死亡をゼロにすることを目的に、産科クリニックと3次救急受け入れ施設との連携を強化しようというプロジェクトです。
千葉県では毎年5万件あまりの分娩がありますが、妊産婦死亡は、平成21年が5名、平成22年と23年がそれぞれ3名で、平成21年以降全国平均よりやや高い状況が続いています。
妊婦の年齢はますます高年化しており、今後さらに妊産婦死亡率が高まる恐れがあります。
「妊産婦死亡をさらに減らしたい、zeroにしたい」と考えました。
妊産婦死亡のおもな原因は、分娩時大量出血、脳出血、羊水塞栓症、肺血栓塞栓症です。これらの疾患は、それまで正常であった妊婦さんに突然発症し、急速に悪化して死亡に至る可能性が高い疾患です。
一般に、命にかかわる救急疾患は3次救急疾患と呼ばれます。そのなかでも、このプロジェクトで対象とする 分娩時大量出血、脳出血、羊水塞栓症は死亡率が特に高い疾患で、ここでは3.5次救急疾患と呼ぶことにします。
母体救命には、産婦人科のほか麻酔科・救急科など複数の専門医とこれを支えるスタッフによる治療(これを集学的治療といいます)が必要です。診療所(分娩クリニック)から、対応できる高次施設に患者を速やかに搬送しなければなりません。
これまでは、患者発生の度に、電話で問い合わせて入れを依頼していましたので、かなりの時間のロスが生じていました。病院によっては、大代表から産婦人科当直医に電話をつなぐだけでもかなりの時間がかかります。当直医が上司へ連絡し、他科との調整を行う場合にはさらに時間がかかります。
したがって、一次施設から三次施設への搬送をできる限り短時間に行うこと、そして三次施設では直ちに治療が開始できることが救命のために最も大切です。
そこで、Project Zeroでは、この2つの課題に取り組みます。
対象となる疾患は、3.5次救急疾患です。
第一に、速やかな母体救急搬送を可能にするための手順の整理を行い、速やかな搬送を実現します。
第二に、受け入れ側の体制をより強固なものにします。
3.5次救急疾患が発生した場合を想定して、搬送先(連携先)をあらかじめ決めて、連携を依頼しておきます。
作成した手順に基づき、定期的にドリルを実施して緊急事態に備えます。
連携先の受け入れ状況(24時間、無条件対応かどうか)や搬送に要する時間などをあらかじめ把握し、どのタイミングで搬送を決断するのかなどをあらかじめ決めて表にしておきます(救急対応表作成)。たとえば、分娩時大量出血では、「ショックインデックス1.2を越えて、出血が持続しているとき」には○〇受け入れ先の当直医に直接「3.5コール」する といった具合です。
そのほか、救急隊が分娩室にアクセスするための最適ルートの確認整備など緊急事態を想定したシミュレーションを行い、速やかな搬出を可能にするための手順の整備を行います。
一連の作業は、おのおのの一次医療施設ごとに地理的条件(連携病院までの距離、交通事情など)や歴史的・人的繋がり(普段から患者のやりとりがあるなど)を考慮して、決めることになります。
さらに、一定期間ごとに見直してさらによりよいものに仕上げる作業も大切です。
3.5次救急疾患の受け入れが常時可能となるよう、院内調整を行います。
提供できる医療内容(リソース)や受け入れのために制約などの情報を提供して、一次施設が搬送先を決めやすくします。
千葉大学周産期母性科では、これまでに①緊急帝王切開システム(帝王切開を決定してから、児娩出までに要する時間は現在20分以内に短縮しています)、②コードむらさき(母体の大量出血に対する集学的治療プロトコール、羊水塞栓症の救命に実績をあげています)、③コードX(意識障害やショックなど原因不明の病態からの診断治療プロトコール、整備中)など、救急救命診療体制の整備を行ってきています。
平成19年より、県内の産科施設を対象とする母体搬送システムが稼働しています。これは、一次施設(診療所)あるいは二次医療施設(病院)から、早産などの妊婦を他院に搬送する必要が生じたときに、医療者に代わってコーディネーター(事務者)が空床のある施設を探すというシステムです。
早産や妊娠高血圧症などの妊婦さんの搬送では、母体と胎児(新生児)を同時に受け入れることができる施設を探す必要があり、受け入れ先を探すことが難しいという事態が時々生じていました。C-MATにより、この問題はほぼ解決しています。
しかし、このシステムは3.5次救急に対応していません。一次施設から二次施設への問い合わせ、二次施設からコーディネーターへの連絡、コーディネーターによる各施設への問い合わせが行われます(図)。受け入れの了解が得られると、今度は逆ルートで、一次施設に情報が伝達されることになっています(実際には多少スキップして情報伝達が行われているようです)。むろん、救急隊などからは利用できません。
そこで、C-MATの設計にあたり、救急事態などでは施設ごとに普段から連携している病院に直接問い合わせることとしていました。ほとんどの一次診療施設では、地理的歴史的あるいは人的に交流のある連携先(なじみの連携先)がおおよそ決まっています。母体搬送が必要になると、このなじみの連携先にまず相談しており、実際に90%以上の症例がこの連携先で受け入れられていました。胎盤早期剥離などの救急疾患では、さらに受け入れ率は高く、ほぼ100%がなじみの連携先で受け入れられていました。
このような事情から、なじみの連携先が受け入れられない場合を想定してC-MAT の仕組みが作られました。こうすることで、C-MATの作業量も減らすことができたわけです。今回の地域さんかProject Zeroは、救急疾患に対応するために「なじみ連携」を強化してするもので、C-MATを補完する役割を果たします。
「羊水塞栓症かもしれない?」と疑う事態が発生した場合、なじみ連携先に①「3.5次です」という表現で緊急事態発生を短時間で伝え(3.5次コール)、②受け入れ側が速やかに緊急受け入れモードに入ることができるようにするものです。
Project Zero の導入により、なにがどのように変わるのか、表にまとめました。
4時30分、経腟分娩。分娩後より子宮出血が持続して、母体血圧が低下してきた。血圧は70/30 mmHg, 心拍は 140 bpm 、母体の意識レベルも低下してきた。輸血をオーダーしたがまだ届いていない。
導入前 | 導入後 | コメント |
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母体死亡の減少
医療者の負担軽減
搬送にともなう手続きの簡略化
想定内された対応手順
2次施設との役割分担
第一の目的は、母体死亡を防ぐことです。
その他に、医療者の負担軽減という効果も期待しています。搬送手順を簡略化し、重症のケースでもあらかじめ想定された手順で対応できるようになります。従来のように、通常の院外搬送と同じ手続きを踏み、個別のケースごとに他科との調整を行って協力依頼する場合に比べ、医療者の負担は減らすことができます。
さらに、大学病院が妊婦3.5次救急を一手に引き受けることで、2次医療施設が2次医療(入院や手術を必要とする救急疾患、たとえば妊娠高血圧症や早産など)に特化した体制を取ることができます。医師の専門性をいかし、適切な医師数が配置されることで、大学と二次医療施設の双方が効率よく機能するようになります。いまだに、産婦人科医師は不足しています。今回のプロジェクトZeroが、産婦人科医師にとってもメリットとなると期待しています。