ウェルナー症候群

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ウエルナー症候群の病態把握と治療指針作成を目的とした全国研究 2010年度の成果

研究要旨

代表的な遺伝的早老症として知られるウェルナー症候群(WS)は、海外に比べ日本人に発症頻度が高いとされる。我が国では、昭和59年に厚生省の尾形悦郎班による実態調査が行われ、診断の手引きが作成されたが、社会的認知度が低く、内容的にもその後の研究の進歩が反映されていない。そこで、診断基準の改訂と治療指針作成を行うべく、日本におけるWS患者の実情把握調査を企画した。平成21年度に、アンケート形式で全国200床以上の病院を対象に調査を行った所、およそ400症例近くのWS患者を把握することができた。本年度は一次調査で明らかになった症例に対して二次アンケート調査を施行し、192症例の詳細な臨床所見を得ることができた。この臨床所見を基に、新しい診断基準(案)を作成した。またこれまでの多くの治療経験をまとめることにより、世界初のWSの診療指針(案)の骨子を作成した。さらに社会活動の一環として患者会の設立にも携わった。これらの研究、活動を通して我が国に頻度が高いWS患者の生活の質の向上や予後の改善に大きく貢献することが期待される。

研究方法

フィージビリティ・スタディとして施行した平成21年度のアンケート調査にて明らかとなったWS 396症例(302施設、現在通院中の確定例150症例、過去に通院歴のあった症例196症例、疑い例50症例)に対して臨床症状の詳細調査をアンケート形式で各施設に郵送した。

研究結果

396通のアンケートを全国へ発送し、196通(48%)の回答を得た。これまでの診断基準(昭和59年)と照らし合わせて、その陽性率を検討した。

主要兆候の陽性率

これまでの診断基準の主要兆候は(1)早老性顔貌 (白髪、禿頭など)、(2)白内障、(3)皮膚の萎縮、硬化または難治性潰瘍形成であり、陽性率を「所見あり」と答えた人数÷(「所見あり」と答えた人数+「所見なし」と答えた人数)として算出した。その結果、(1)98.5%、(2)95.7%(その内 両側白内障 95.7%)、(3)96.9%であった。

その他の兆候の陽性率

その他の兆候と所見としてこれまで(4)原発性性腺機能低下、(5)低身長及び低体重、 (6)音声の異常、(7)骨の変形などの異常、(8)糖同化障害、(9)早期に現れる動脈硬化、(10)尿中ヒアルロン酸増加、(11)血族結婚が記載されており、それぞれの陽性率を同様に検討した。その結果、(4)の原発性性腺機能低下に関しては、子供の有無を調査した所、39%に子供を有していた。(5)の身長、体重に関してはWS男性の平均身長、平均体重は158kg、45.8kg、女性はそれぞれ146.4cm、36.1kgであり、50~59歳の日本人の平均身長、体重(男性167.8cm、67.1kg、女性154.5cm、54.8kg 平成19年度 厚生労働省調査 国民健康・栄養調査)に比較して低身長、低体重であった。(6)音声の異常に関しては88.1%、(7)骨の変形などの異常に関しては、22%に骨粗しょう症を認めた。(8)糖同化障害に関しては、境界型糖尿病を19%に、糖尿病を67%に認め、WSの85%に何らかの糖代謝異常を有していた。(9)早期に現れる動脈硬化に関しては、脳出血0.9%、脳梗塞5%、狭心症、心筋梗塞を含む冠動脈疾患16%、閉塞性動脈硬化症を23%に合併していた。(10)尿中ヒアルロン酸増加に関しては、196症例中、12症において測定されていたが、尿中ヒアルロン酸値に明らかな基準値が設けられておらず評価は困難であった。(11)血族結婚に関しては、43%に血族結婚を認めた。

その他の調査項目

その他の調査項目としては、鳥様顔貌:94.5%、脂質異常症:67.9%、腫瘍性病変(甲状腺腫等の良性も含める)を39%、脂肪肝:48%、高血圧:35%、また遺伝子診断は37例に施行されていた。さらに年齢分布を検討した結果、50代が89例と一番多く、続いて40代の35例であった。これまでWSの平均寿命は43歳と報告されており、本研究の結果からして、日本におけるWSの平均寿命は確実に延長していることが明らかとなった。

アキレス腱の石灰化

これまでのWSの診断には、主観的かつ非特異的なものが多く用いられてきた。その為、客観的でかつ感度、特異度の高い項目の追加が必要と思われた。
我々はWSに多く認められるアキレス腱部の石灰化に着目して調査を行った。その結果、実に78.9%の症例にアキレス腱の石灰化が陽性であった。今回の調査を通して、30症例のアキレス腱のレントゲン写真を収集することができ、WS以外のアキレス腱部の石灰化の頻度や石灰化様式に関して詳細な調査を行った所、分節型や火焔状の石灰化はWSに特異度の高い所見であることが明らかとなった。

新しい診断基準(案)

以上の調査結果より、新しいWS症候群の診断基準(案)を作成した、主な変更点として、主要兆候の一つとしてアキレス腱の石灰化を加えたこと。さらに尿中ヒアルロン酸は明らかな基準値がなく、診断基準から除外しこと。さらに皮膚繊維芽細胞の分裂能低下を除外し、新しく遺伝子診断の項目を増やした。

WSの診療指針(案)

また、これまでのWSの治療経験や文献検索に基づいて、治療指針(案)の骨子を作成した。治療指針では特に合併率が高い糖代謝異常の内科的治療法、また難治性皮膚潰瘍に対する内科的、外科的(分担研究参照)な治療指針を作成し、エビデンスレベルに関しても検討を行った。

考察

フィージビリティ・スタディとして平成21年度に全国調査を実施し、1996年の尾形班の成績を上回る全国3094(アンケート回収率45%)の医療機関から第一次アンケートを回収、新規に375症例の情報を得ることができた。同時に、WSのホームページ開設、学会誌(眼科)や各種医学雑誌や新聞報道によって、症例数は増加し、396症例の情報が集まっている。一次、二次調査が終了後も全国医療機関からのWSの診断や治療、患者紹介に関する問い合わせがきており、老化の本質に関わると予想される本疾患への関心と、有効な治療法確立への期待が社会的に大きいものと強く感じている。

今後の展望

昨年度に掲げた目標を着実に遂行する。さらに今後の発展には国際協力体制の構築も重要と考えられる。世界的には、米国ワシントン大学でWS登録組織を開設し、独自の診断基準を提案しているため、これら海外の研究者とも連携し、ユニバーサルなガイドライン作成にも貢献していく。その第一歩として2012年2月には国際会議の開催を予定している。
また我々は社会活動の一環として、Wの患者、家族会の設立に携わり、既に2回の会合を開いた。こういった社会活動を通して、WS患者の社会的、精神的なサポートのバックアップをしてゆく予定である。

結論

WSのような難治性疾患に対して有効な診療を実現し、その結果、患者が最大限 幸福を享受できるためには、医療サイドの充実だけでなく、患者サイドにも十分な情報を提供し、サポートしていくしくみが必要と思われる。本研究課題に携わったことを契機に、本年度 我が国におけるWS患者会の設立に参画することができた。このような機会を活用しながら、本研究によって得られる最新知見を患者へと還元しつつ、患者の新しいニーズを発掘し、WSの予後・QOL改善、そして根治療法の確立へ向け、着実に歩みを進めていきたい。

過去の研究成果

ウエルナー症候群の病態把握と治療指針作成を目的とした全国研究 平成21年度の成果