留学だより

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越坂 理也 :平成14年卒 米国デューク大学

 アメリカ東部のノースカロライナ州ダーラムにあるDuke大学のDuke Clinical Research Institute (DCRI)に留学し、臨床研究に取り組んでいる越坂です。海外に研究留学する日本の医師の多くは、基礎研究に従事されており、私の様に臨床研究に携わるのは希なケースかと思います。私が臨床研究に対して興味を持つきっかけとなった2つの出来事があります。初めて臨床研究に関わったのは、研修医1年目の時でした。肺高血圧症の入院患者さんを担当した際に他の薬剤が効かなかったため、血管拡張作用のある持続静注型の治験薬を用いました。薬剤静注用カテーテルから持続ポンプでの注入を行っていましたが、常温では8時間で失活するため、研修医3名で交代して8時間毎に薬剤交換を行なっていました。幸いにも、この治療が奏効し数年後、私が大学に帰局した際に元気にされていることを耳にし、大変嬉しく思いました。臨床研究の必要性を実感した出来事でありました。また外来診療の中でドラッグ・ラグを目の当たりにした出来事があります。(ドラッグ・ラグと言うのは、海外で使用されている薬が未承認のため本邦において同時期に使用できないことを指します。日本が国際共同試験に参加し難いことが一因となっています。)それは持効型インスリンが承認される前のことです。アメリカから訪れていた1型糖尿病患者さんが私の外来を受診され、「アメリカから持参した持効型インスリンが切れてしまったため、処方して欲しい」と言われました。しかし残念ながら当時、日本では持効型は承認されていませんでしたので、やむなく中間型インスリンを処方しました。その時まで日本の医療は最先端であると考えていたのですが、実はそうではないということを認識させられました。臨床を通じて経験したこうした出来事が、臨床研究に携わりたいという気持ちにさせ、私を臨床研究の本場に赴かせました。

 ノースカロライナ州は、日本ではあまり馴染みのない州かもしれませんが、東側のアウターバンクスにはライト兄弟が飛行実験を行ったキティーホークがあり、またノースカロライナはベーブルースが初めてホームランを打った場所であり、ペプシコーラとクリスピークリーム・ドーナツの発祥地でもあります。そのためかクリスピークリーム・ドーナツを1ダース食べて5マイル走る風変わりなレースも毎年開催されています。ダーラムという都市は、更に馴染みがないと思いますが、ここには昨年引退した松井秀喜選手がメジャーに昇格する前に所属していたダーラム・ブルズという3Aの野球チームがあります。同じくマイナーで調整していた松坂大輔投手との対戦があり、その日は多くの日本人が観戦に訪れ、大変盛り上がりました。いよいよ大学の紹介です。Dukeと言ってもゴルゴ13とは全くの無関係ですが、Duke大学は昨年受賞したDr. Robert Lefkowitzをはじめ多くのノーベル賞受賞者を輩出しています。またカレッジ・バスケットボールの強豪校として有名であり、男子バスケットボール部監督のコーチKはオリンピック・アメリカ代表チームの監督でもあります。隣町のChapel HillにあるUNCはマイケル・ジョーダンの母校であり、ここもまた強豪校であるため、両校の対戦は日本の早慶戦のように盛り上がります。

 私の所属するDCRIは、循環器分野を中心に数多くの国際共同試験を実施し、多くのエビデンスを構築しています。DCRIには、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、韓国、オランダなど多くの国々からの留学生がリサーチ・フェローとして来ており、国際色豊かです。フェローの約半数は、循環器科が専門ですが、消化器科領域、小児科領域での研究も活発です。

 守秘義務の関係上あまり詳しく書くことは出来ませんが、私がDCRIで主に行っていることは、1)ある糖尿病治療薬に関する多施設共同ランダム試験の研究グループに計画段階から加わり、プロトコールの作成を行い、eCRF (electronic Case Report Form)の設計に関与しています。毎週のグループミーティングやメールでのやり取りを行い、試験の中で生じた問題の解決を図っています。2)DCRIが持つ数多くの臨床試験のデータベースを活用させて頂き、糖尿病関連のサブ解析やプール解析を生物統計家の協力のもと行ない、論文を執筆しています。3)国際共同試験のプロジェクトにも参加しており、国際共同試験において各国の診断基準に若干差異があるため、そこではプロトコールの基準に従ったエンドポイントの評価を行なっています。

 こうした研究の間に、Duke Clinical Research Training Program (CRTP) (http://crtp.mc.duke.edu/modules/flash_articles/)を受講しています。臨床研究に精通した人材を育成するために、Duke大学には臨床研究に関する必要な知識を学ぶことが出来る本プログラムが1983年より開設されており、このプログラムでは臨床研究デザインの設計、研究管理および統計解析などの講座が提供されています。指導に当たるのは、臨床研究に詳しく、多くの経験を持ち、第一線で活躍している医師や生物統計家の方々です。DCRIに所属するリサーチ・フェローをはじめ、医学部生やクリニカル・リサーチ・アシスタント、医師、歯科医師、生物統計家など50名近くが受講しています。受講者の医師のバックグラウンドも、麻酔科、循環器内科、皮膚科、内分泌代謝科、消化器科、総合医、老年科、血液内科、感染症内科、腫瘍内科、腎臓内科、神経内科、呼吸器内科、膠原病内科、産婦人科、眼科、小児科、精神科、放射線科、外科と多彩であり、約半数が留学生です。Duke大学からのみならず、National Institutes of Health (NIH)からも10名近くが生中継で参加しています。またDuke大学と提携しているBrazil Clinical Research Institute (BCRI)からも数名がインターネット経由で参加しています。これまでに14カ国からの出身者を受け入れているとのことです。

私は、Principles of Clinical ResearchとIntroduction to Statistical Methods、Research Managementの講座を履修しました。プログラムのWeb上で、次回までの参考文献や課題が提出され、予習として毎回これをこなさなければなりません。通常の講義に加え、4、5名でのグループワークも行われました。一つのセメスターの間に、requests for proposal (試験提案書)を含めたグループでのレポートの提出と2回のプレゼンテーションを行いました。最初のグループワークは、観察研究を計画するというもので、我々のグループには歯科医師もいたので、その方の提案で、”Does poor oral hygiene in long-term care dementia residents account for behavioral disturbance?”「長期入所施設における認知症患者の口腔内衛生と行動障害」に関する発表を行いました。ケースコントロール、クロスセクショナル、コホート研究のうちどれを選択するか、試験の対象とする施設の選定、用いるデータ、アウトカムを評価する方法、考えられる交絡因子やバイアスなどに関して、発表までにミーティングを重ね、メールや電話、Skypeによるやり取りを行い、試験提案書をまとめて提出しました。介入研究を計画するプレゼンテーションが、最終試験として行われ、我々が設定したテーマは、“Does motivational interviewing improve trust between the patient and the physician and improve adherence to the ARV regimen in African American patients with HIV/AIDS?”「HIVに罹患したアフリカ系アメリカ人患者の医師に対する信頼と服薬アドヒアランス」という多民族国家であり、国民皆保険を持たないアメリカならではの問題でした。HIVの抗レトロウイルス薬は、この10数年の間に飛躍的に進歩を遂げ、継続内服によりAIDSの発症を抑えることが可能になっています。しかし様々な理由により全米の人口の12%であるアフリカ系アメリカ人が、全米のHIV患者の約50%を占めているという人種格差を問題とし、motivational interviewingによる介入によりHIV罹患患者の医療提供者への信頼と服薬アドヒアランスを高め、その解決を図るという内容でした。グループメンバーの協力により、どちらの発表、試験提案書ともで高い評価を頂くことが出来ました。またグループメンバーと意見交換をしながら話を詰めて行くのは良い経験となりました。CRTPの指導教官曰く、「臨床研究はグループで行われるものであるため、グループワークの形を取り入れている」とのことでした。実際、こちらで私が行っている臨床研究でも、医師、プロジェクトリーダー、リサーチ・アシスタント、生物統計家、データマネージャーなどの人々とミーティングを行い、メールや電話で連絡を取り合って進めており、チームワークとコミュニュケーションの重要さを認識させられます。慣習の違いによるものでしょうが、日本との差異として、グループワークに限らず、講義でも多くの時間が質疑応答に当てられており、一方通行ではなく、相互通行の形が重んじています。

 Introduction to Statistical Methodsの講義は、生物統計家の指導教官によって進められ、データセットの取り扱い方から始まり、仮説の設定、記述統計、正規分布、中心極限定理、確率、信頼区間、連続変数、χ検定、ANOVA、ノンパラメトリック検定、相関分析、重回帰分析をカバーしました。先生方の話はわかりやすく、これまで知らなかった生物統計解析上のピットホールなども理解することが出来、有意義なものでした。この講座では演習も行われ、統計ソフト’R’を用いて、実際の論文で用いられたデータセットを使った解析を行いました。この講座の試験は、1週間以内に答案を作成し、インターネットで提出するという、アメリカでは一般的とされるTake-Home Examination形式のものでした。試験の内容は、多肢選択方式のものと記述式のものの他に、メインの設問として、データセットが与えられ、統計ソフトを用いて解析して、目的、方法、結果、結論からなる抄録の形に体裁を整えて回答を作成するという実践的なものがありました。試験で与えられたデータセットは、「補助的栄養支援プログラム (food stamp)受給資格のある受給者、非受給者の間の体重に関する解析」や「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)と診断された退役軍人の重症度と入院率」に関する内容のものでした。回答は単に統計的に有意か否かを答えるのではなく、臨床的にどういった意味があるのかということを結論として答えることが求められ、教育的示唆に富むものでした。このプログラムにはITの専門家が配属されており、Web経由で録画された講義を観ることが出来ます。

 研究や講義ばかりではなく、リサーチ・フェローの友人達と共に多国籍のサッカーチームを結成し、毎週のリーグ戦を戦っています。また辺りにはゴルフ場が数多く存在し、料金も安く、30ドル程度でラウンドできるため、時々プレーを楽しんでいます。

 違った角度からの考え方や多様な価値観などに触れることができ、大変有意義な日々を過ごしております。留学を可能にして下さり、御協力下さっている皆様に心より深く感謝申し上げます。