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動画でご紹介「CALとは」

本日は、千葉大学で「クリニカルアナトミーラボ」を立ち上げ、運営されている環境生命医学の鈴木祟根先生にお話しを伺いました。
鈴木先生は整形外科医を続けながら、2008年に環境生命学着任され、2010年に「クリニカルアナトミーラボ」を立ち上げ運営に携わっていらっしゃいます。

クリニカルアナトミーラボ とは

「クリニカルアナトミーラボ」(Clinical Anatomy Laboratory)は、医師が献体されたご遺体を使って、手術や検査手技を上手に安全に行うためのトレーニングや、病気や障害の詳しい状態を明らかにする臨床解剖研究や、新しい手術法や医療機器を開発したりする事ができる施設です。

また、この施設は主催する様々な臨床講座の責任の元、千葉大学の医師に限らず、県内、あるいは 日本全国の医師が広く参加できるシステムを採用しているのが特徴です。

まず知っていただきたいのは、「医師がどのように育っていくのか」

まず皆さんに知っていただきたいのは、「どのように教育を受けて医師が育っていくのか」ということです。研修医になると私たちは、検査をしたり、手術をするという形で患者さんに治療を行っていきます。

医師がたくさんの解剖学的な知識や検査や手術の手技を身につけていく過程を、わかりやすくテニスに例えてお話します。

知識、つまりルールブックを理解するのが学生時代です。もちろん、医師になってからも知識の習得は論文を読んだりして継続します。

患者さんに行う手術を、テニスで例えると大会での真剣勝負としましょう。負けは許されません。医師が目指す手術は、完勝なら合併症無しもありますが、ほとんどの手術には必ずしも避けられない合併症が付きものです。

また、持てる知識・技術を超えて病気が手強い、つまり強敵の場合は判断を誤って医療過誤が起きる可能性だってゼロではありません。

話を戻します。

ルールブックを読むことと大会での負けられない真剣勝負、その間に何がありますか?
そう、1人で 素振りしたり、ボールを手で投げて貰う簡単な練習や、実際に練習試合をしてみたりしますよね。たくさん練習して、何が間違っているのか振り返って、また練習して。そして年に数回本番の大会に臨むことになります。

医師にも自主練の機会はあります。人形のような模型を使ったり、コンピューターを使ったリアルな ゲームのようなもので自主練をすることはできますし、臓器によっては可哀想ですが、動物の命を犠牲にしてトレーニングをすることもできます。でも、それだけで手術は上手くなりません。テレビゲームでテニスをしていたら、実際にウインブルドンで優勝できますか?っていう話です。無理ですよね。

でも医療というものは、100年、200年という長い間、実際の患者さんを手術し ながら学ぶという方法で伝授されてきました。つまり毎日大会に出て、ダブルスのように上司のサポートを得ながら実戦を積むんです。研修医の頃はほとんど上司が 打ち続けて、簡単なボールだけ打たせて貰う感じになります。

ところがそのシステムでは具合が悪いことが起き始めました。

医療機器の進歩によって傷がどんどん小さくなっていますし、執刀医と上司の4 本の手が入らないところで手術が行われるようになってきたのです。大きく切開しませんのでこれまでのような「ダブルス」ができません。一人分の手しか入ら ないので、例えるならシングルスの試合です。これまでのような手を携えて指導していくような教育方法ができなくなってきているんです。

医者は当然、自分が学んだことを後輩の若い先生にも教えたいと思っています。「こうすると患者さんの具合が良くなるよ」と。若い先生も「早く手術をうまくなりたい、患者さんが喜ぶ顔を見たい」と思っています。教えたい方も情熱を 持っているし、教わりたい学びたい方も情熱を持っているのに、残念なことにそ れができる機会がどんどん減ってしまっているのが現状です。

実は海外にはCALみたいなものがたくさんあります。ですから、学びたい情熱のある先生たちというのは、これまで海外までわざわざ休みを取って行ってそこでトレーニングを受けてきたんです。

クリニカルアナトミーラボができるまで

私はたまたま整形外科医でありながら解剖学教室に来ていましたので、このような現状に何かできることがあるんじゃないかと考えました。大学の法律の専門家などに相談しながら検討を始めました。国内では日本外科学会の先生方も、偶然同じ頃にワーキンググループを立ち上げて、全国調査などをはじめていました。その結果、2012年にガイドラインができて、現在やっと全国の大学に普及し始めたところです。

千葉大学医学部では、ガイドラインができる前の2010年にクリニカルアナトミーラボを立ち上げました。もちろんいろいろな苦労がありましたが、一番心配だったのは「ご遺体を献体してくださる千葉白菊会の皆さんがどう思われるのか」ということでした。

そこで私は、千葉白菊会の役員会や総会に何度も参加させていただき、「ご遺体を、学生の解剖実習だけではなく、学びたいと思っている医師にも使わせていただきたい」とお願いをしました。あの光景は今でもハッキリと覚えていますが、もう本当に、皆さん手を挙げて大賛成してくださいました。「学生さんも当然だけれども、お医者さんが使ってくれたら、翌日の患者さんで何か助かることがあるかもしれない」というような話をたくさんいただきました。私はお願いする立場だったのですが、逆に感謝されるような言葉までいただいて、「千葉白菊会としてはぜひ応援したいので、大学の内部の取りまとめて頑張ってほしい」と応援までいただいたんです。

私は本当にうれしくて、もう百人力の援軍を得たというような感じでした。その後、何とかして実現しようと外科の先生方と一緒に資金を集めたり、施設の立ち上げに奮闘しました。そして、当時はまだ古い医学部の建物でしたが、使われていない部屋をリフォームして何とか施設を立ち上げることが出来ました。これが千葉大学医学部の「クリニカルアナトミーラボ」がスタートです。

クリニカルアナトミーラボ(新棟) の特徴

それ以来、古い部屋で10年間頑張って運営してきましたが、そのタイミングで医学部の新棟建設が決ま りました。私も設計の段階から関わることができましたので、10年間の経験を踏まえて、「外科医の先生がいかに充実して集中して勉強ができるか」というコンセプトを徹底的に考え抜いて設計しました。そういう意味では、今回の新棟建設はとても良いタイミングだったと思います。

手術室

新しい施設の特徴をお話ししますね。
まず特徴的なのは、「手術室」です。手術室は、実際に病院の手術室を作っている会社と相談しながら設計しました。見た感じはもう、完全に病院の手術室です。もちろん、そのようにしたのにはちゃんとした理由があります。

学生の解剖実習と違って、医師の先生方がやりたいのは、本当の患者さんを手術するのと同じ状況での手術トレーニングです。それにはいろいろ可動する手術ベッドじゃないと対応できない術式がたくさんありますので、これらに対応できるように病院の手術室をコンセプトにして作りました。また、普通、手術室っていうのは1つの部屋に1つの手術ベッドなのですが、ここでは複数台の手術ベッドを並べて同時にたくさんの先生たちが勉強ができるようにしてあります。

実験室

手術室の他にも、主に研究目的に使われる「実験室」があります。そこには色々な測定機器があり、新しい医療機器の開発が行われたりします。また、臨床解剖研究と言って、病態の研究にも利用されています。例えば、靭帯が切れたときに関節はグラグラになります。実際にどのようにグラグラなのかは、皮膚をはずして骨や靭帯を直接見ながら考えるのが一番ハッキリしますよね。そういう研究にも利用されています。

解剖実習室

せっかくですので、学生が学ぶ「解剖実習室」のことも少しお話したいと思います。 こちらもやりたいことを実現するために最初から設計しました。

具体的には、27インチのモニターがすべての実習台についています。これは本当にありがたいことなのです が、千葉白菊会50周年記念の際に「ぜひ学生さんの勉強に役立つものを何か買ってほしい」と千葉白菊会の皆さんが寄付をしてくださったんです。会員の皆さんは過去50年の間に、1万円とか2万円とかをやり繰りして少しずつ寄附を集めてくださっていたらしいのです。このようなサプライズを頂けたのは全国でも千葉大学だけなのではないかなと思っています。本当にありがたいことです。

解剖実習の際には、このモニターやタブレット端末にさまざまな情報が提供されます。私たちが学生に向けて情報を投げ、学生たちはその情報を見ながらディスカッションをするという形で授業が進んでいくんです。

それまでの解剖実習というのは、実習書を見ながら、ただひたすら何時間も、時には夜遅くまで解剖を続けるものでした。無言で延々と。ですから、私の学生時代もそうでしたが、思い出としてはとにかく体力的にも精神的にも辛かった...というのが最初に来てしまうんです。せっかくご遺体をいただいて、みんなの勉強に使ってくださいとおっしゃってくださっているのに、最初に思い出すのが「辛かった」ということではいけないですよね?

ですから解剖学の教育方法を思い切って変えてみました。ご遺体を解剖させていただく前の段回で、いろいろな仕掛けをします。学生自身の頭の中に次から次に疑問が湧いてきて、学生同士で議論する時間を取ります。そこで議論した内容をご遺体で確認していくような形です。このように学生がより積極的に参加できる実習にしたいとずっと思っていました。さらに、様々な角度からのCTやMRIの画像を見ながら解剖実習を行います。将来医師になると、医師はCTやMRIの画像を見て体内をイメージして診療をします。外科医になって手術でもしない限り、体の中はCTなどの画像でしか見られないのですから当然です。もし、学生の時から画像を見ながら解剖を学んでいれば、将来、CTやMRIを見た時にもすごい立体感となって想像できるようになるはずです。

こういった工夫のお陰で、千葉大学の学生は解剖前に作り上げる脳内イメージがリアルに近づいている印象を持っています。結果として、解剖がとても手際よく上手になり、以前の半分くらいの時間で終わるようになりました。集中力も続きますので、とても多くの知識を無理なくものにしています。以前の 夜9時過ぎになっても終わらないような日々はもうありません。

こういうコンセプトで解剖教育を積極的にやっている大学は千葉大学以外には恐らくないのではないかと思います。このモニターとタブレットがあることで、その新しい解剖実習が実現できるようになりました。

ラウンジに込められた意味

その主役は、ここに飾ってある、トマス・エイキンズによる「アグニュー・クリニック」という有名な絵のレプリカです。

勉強にいらっしゃる外科医の先生方は、日々、1日に何件も何件もひたすらに手術を繰り返して頑張っていらっしゃいます。病院で手術を繰り返していて、さらにここでも手術を勉強するわけです。そうすると、どうしても先生方は日常の延長でこの施設に入ってきてしまう可能性があります。毎日の仕事の一貫と錯覚してここに入ってきてしまうかもしれません。私はそれをどうしても切り替えたいと思っていました。

この絵「アグニュー・クリニック」は、千葉大学が創立された頃、1800年代の後半のペンシルベニア大学医学部での外科教育のワンシーンを描いています。アグニュー先生という外科医かつ解剖のインストラクターでもある先生が、患者さんに対して乳がんの手術をして、学生たちに階段教室で教えています。絵を見てもらうとわかりますが、学生は貴重な機会を逃すまいと身を乗り出して勉強しているわけです。

私たちがこの施設で提供させていただく体というのは、献体されたご遺体で、普通には絶対に手に入らないものです。何年も前から千葉大学に献体をしたいと同意書を書いてくださっている千葉白菊会の会 員の方たちのお体が待っているわけです。このCALでの体験は、日々の病院の業務とはまた違います。一瞬一瞬が本当に得難い貴重な体験なんです。ラウンジを通る際にこの絵を見ることで、そのことに改めて気づいてほしい、そう思っています。

実際、この絵を見て、みんな必ず立ち止まります。立ち止まって「お!とてもいい絵ですね」と言って急に背筋を伸ばして静かになり、しずしずと部屋の中に入っていきます。このように、日常から、特別な勉強の時間を得る非日常へと気持ちを切り替えていただく空間が、このラウンジなんです。

ラウンジの一角には、もう一つ、レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖のデッサンが飾ってあります。これも私が好んで置かせていただきました。

解剖学はルネサンスの頃に大きく進化しました。ダ・ヴィンチは素晴らしいリアルな絵を描くためには、「皮膚の下にある骨や筋肉の位置がわからないと描けない」という観点から解剖を進めていたと言われています。人間の基本的な構造を隅から隅まで全部見極めてやろうという気持ちは、医師である私たちもダ・ヴィンチもまったく同じなんじゃないかなと思います。ですから、このラウンジを通過する際に、今からご遺体を見させていただいて、隅々まで全部頭にインプットして帰るんだ、というような気持ちを持ってもらいたいと思って飾ることにしました。

善意のリレー

献体は究極のボランティアと言われています。 千葉白菊会の皆さんは、無条件、無報酬で自らの体を医学・医療の発展のために提供してくださっています。本当にありがたいことです。

一方で、少しでも病気や怪我の仕組みを解明したい、手術が上手くなりたいと、解剖を勉強したい先生方がたくさんこの CALに来られます。休日を削ってでも全国から集まってきます。

全国から集まる先生方がご遺体で一生懸命勉強したら、必ずどこかの患者さんが笑顔になります。 ご遺体の先生も、自分の体が役に立って、どこかの患者さんの幸せに繋がったと知ったら、きっと喜んでくれると思うんです。

献体してくださる方、医師や学生、そして患者さん、みんなが幸せになれます。 そんな素晴らしい「善意のリレー」を、このCALがお手伝いできることを本当に嬉しく感じています。

千葉大学医学部では、
献体へのご協力をお願いしております