千葉大学大学院医学研究院
先端応用外科学
千葉大学病院
食道・胃腸外科
大腸癌は大腸(結腸、直腸)の粘膜から生じる悪性腫瘍です。日本で近年増加している悪性腫瘍のひとつで、死亡率でみるとこの50年で結腸癌が約4倍、直腸癌が約1.5倍増加しています。
大部分の大腸癌は、まず正常大腸粘膜から良性腫瘍である腺腫が発生することから始まるとされています。腺腫がある程度の大きさになるとその腺腫の一部が癌化し、悪性腫瘍である大腸癌になると考えられています。ただし、腺腫の段階を経ずに直接正常粘膜から癌化するものもあるとされています。
癌は小さいうちは無症状ですが、進行し大きくなるにつれて様々な症状を呈します。癌からの持続的な出血があるとそれによる血便や貧血を認めたり、癌が大腸の内腔をふさぐことにより便秘や腹満感が現れたりします。これらは進行した症例で認める症状であり、最近では無症状のうちに検診で発見される症例も数多くいます。
治療は外科的切除が中心であり、進行度や部位に応じて内視鏡的切除、腹腔鏡下切除、開腹下切除から選択されますが、放射線療法や化学療法が中心となる場合もあります。また、切除後に化学療法を行うこともあります。
平成 28 年の本邦の大腸癌(結腸癌および直腸癌)による死亡者数は 5万人を越え、罹患率で胃癌に次いで2位、死亡率で肺癌に次いで2位となっており、近年では他の部位の癌に比べて最も増加傾向の強い癌の一つとなっています。
大腸癌は他の消化器の癌(食道・胃・肝胆膵の癌)に比べ予後(手術後の経過)が良好で、手術による治療が最も効果的で適切な時期に適切な治療がなされれば完治させることが可能です。
大腸癌に特有の症状はありません。血便などの出血症状や、検診で便潜血陽性や貧血を指摘されたり、その他、便秘、腹部膨満感、体重減少、腹痛、しこりの触知、便性状の変化などの症状で病院を訪れ、大腸内視鏡や注腸造影などの検査により大腸癌と診断されています。
長年痔からの出血だと思っていたものが調べてみたら大腸癌だったということもあります。また進行した大腸癌では便の通過が障害され嘔吐や強い腹痛等の腸閉塞の症状が現れたり、しこりを触れることもあります。このような明らかに心配な症状でなくとも、以前は通じが良かったものが徐々に便秘がひどくなったり、便が次第に細くなったりなどといった状態が続いたり、検診で便の中に出血が認められたりした時には、一度専門の病院で大腸の検査をお受けになることをお勧めします。
当科では大腸にできた悪性または良性のポリープを持つ患者さんに対して内視鏡的切除(ポリペクトミーあるいは粘膜切除)を行っています。入院期間は数日程度です。粘膜に留まるような早期の癌であれば手術の必要はなく内視鏡による粘膜切除で十分です。内視鏡的切除後の病理検査にて必要と判断された方に対しては手術を行います。
ある程度以上進行していて内視鏡的な切除では治療として不十分な癌に対しては、開腹手術が必要となります。大腸癌のある部分と、転移する可能性のあるリンパ腺を一緒に切除する方法がとられます。また、進行していて周囲の臓器(小腸、膀胱、前立腺、子宮、膣など)に癌が達してたり、肝臓や肺に転移していても、取りきれると判断した場合にはそれらの臓器の切除も行います。切除したものの病理検査によりある程度以上進行していた場合には、手術後に抗癌剤や放射線による追加の治療を行うことをお勧めすることがあります。
当科では通常の大腸癌開腹手術の他、腹腔鏡を使った低侵襲手術を数多く行っています。この手術のメリットはお腹の創が小さく術後の痛みが少ないこと、創が目立たないこと、手術後食事が早く開始でき、早期(一週間から10日)に退院できることがあげられます。これまでのところ通常の開腹手術と比べて術後生存率などに差は認めておらず、今後もますます手術数が増加していくものと考えられます。
下部直腸癌(肛門に近い癌)の場合は、他の部位の大腸癌にはない骨盤壁に沿ったリンパ節(側方リンパ節)への転移を起こす可能性があります。このリンパ節は癌の深達度に応じて手術の際に切除する必要があります。しかし、側方リンパ節を切除した場合には神経障害などの合併症が起こることが問題となります。当科では術前の画像評価で、側方リンパ節の腫大を認めていない方については術前化学放射線療法を行うことで側方リンパ節の切除を省略しております。切除した場合と化学放射線療法のみ行った場合とで、局所の再発率に差がないことが報告されているためです。
直腸癌の手術では術後に排尿障害が現れることがあります。また男性の場合、勃起や射精といった性機能が障害されることもあります。こうした術後障害は骨盤内の自律神経を温存することにより防ぐことができます。また、従来の手術では人工肛門をつくらざるを得ないような肛門近くの直腸癌に対しては、肛門を残して排便機能を温存するような手術(括約筋間直腸切除術:intersphincteric resection=ISR)も行っています。もちろんこれらの手術の際には癌に対する根治性を損なわないようにすることが重要であり、癌の治療と日常生活に重要な機能の温存を両立させるような術式の工夫をしています。
進行していて切除が不可能な大腸癌に対しては、抗癌剤を用いた化学療法を行い、必要に応じて放射線照射などを併用しています。現状では手術以外の方法で大腸癌を根治させることは非常に困難ですが、近年の抗癌剤などの進歩により、以前に比べて生存期間の延長や癌による症状の緩和が期待できるようになってきています。
2001年から 2011 年までの当科における大腸癌手術 883 症例の手術後生存率を示します。大腸癌の進行度は非常に早期の stage 0 から遠隔転移を伴う stage IV まで分けられていますが、それぞれの stage 別に生存率を表しています。
下記のEMR (Endoscopic Mucosal Resection)やpolypectomyでは一括切除が困難な病変を対象に行う治療です。多くは早期大腸癌を対象としますが、良性のポリープでも癌の可能性があり、必要と判断すれば適応としています。
病変直下の粘膜下層に生理食塩水などの液体を注入し、病変を周囲の粘膜ごと浮かせて電気メスで切開・剥離を行います(写真 上段)。病変の切除後は粘膜がなくなり、潰瘍の状態となります(写真 下段左)。このままでも数週間で粘膜が再生しますが、合併症予防のため、可能であれば粘膜をクリップを使って縫い閉じます(写真 下段中央)。切除された標本(写真 下段右)は病理検査(顕微鏡による検査)で癌の有無や広がりなどを調べます。場合によっては手術を含めた追加の治療が必要となります。
1990 年代に入り、本邦で大腸疾患の手術に腹腔鏡手術が応用されるようになり、千葉大学食道胃腸外科でも 1999 年より大腸癌に対し腹腔鏡手術の適応を開始しました。現在では大腸手術の半分程度(年間90例程度)を腹腔鏡で行っております。
腹腔鏡手術は外科手術 400 年の歴史の中で一番大きな革新と言われています。今後、腹部手術の多くは開腹手術から腹腔鏡手術へ移っていくと考えられます。
ところで、腹腔鏡手術は開腹手術とは異なり、手術野観察にスコープを用います。腹腔内臓器の詳細を観察することには向いていますが、スコープの視野は狭く、腹腔内全体を把握することは困難です。また、手術操作は長い鉗子を使用します、開腹手術のように直接臓器に触れることはできず、触覚に乏しいという問題点があります。手術中に対象臓器を的確に判断し危険の少ない手術を行うためには、術前に、正確な解剖を把握することが必要です。そこで、千葉大学食道胃腸外科ではマルチヘリカル CT を使用した正確な3次元画像を腹腔鏡手術に応用しています (図 2) 。
新しい術式で、腹腔鏡手術による医療事故のニュースを耳にすることもありますが、千葉大学食道胃腸外科では 1999 年の腹腔鏡手術開始以来、命にかかわる合併症の発生はありません。千葉大学食道胃腸外科では、危険の少ないメリットの多い腹腔鏡手術を提供できると考えております。