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> 中山俊憲
今回、中山教授のグループが解き明かしたのは、免疫反応に関わるたんぱく質「EZH2」の働きだ。これは炎症性を持つ物質を放出する免疫細胞の働きにブレーキをかけることで、免疫反応のバランスをとる役割を担っている。
「免疫システムの働きとして、これまでは外部からの刺激によって反応の大きさが異なるのだと考えられてきました。たとえば1の刺激に対しては1の反応をし、0.5の刺激に対しては0.5の反応を見せるというような。ところが実際は免疫反応にブレーキをかける分子があり、その働きによって、一定以下の刺激に対しては反応を起こさない、という仕組みになっていることがわかったのです。さきほどの例でいえば、1の刺激に対しては1の反応をするけれども、それ未満の刺激に対しては免疫反応にブレーキをかけ、一切反応しない。そこをコントロールしているのが、この分子だというわけです」
この分子の働きを制御することができれば、免疫反応による疾患の治療に、新しい道が開けるという展望がある。
「たとえばアレルギー疾患は、免疫の過敏な反応によって引き起こされます。ですからこの『免疫のブレーキ役』の働きを高め、しっかりブレーキを効かせるようにすれば反応は起こらない。逆にブレーキを弱めて免疫反応を高めるようなお薬を作れれば、免疫力の低下したお年寄りなどには役立つでしょう」
「つまり今回のこの発見によって、人それぞれに異なる免疫反応をより正常な状態に戻せる可能性が出てきたのです。もちろん医療に応用するまでには、まだまだ多くのプロセスが必要ですが、創薬のターゲットが見つかったということは、大きなポイントです」
こうした基礎研究の成果が実際に治療に反映されるまでには、多くのプロセスがあり、また困難も待ち受けている。
「まず基礎から臨床までの間に『デスバレー』と呼ばれる障壁があります。これは文字通り『死の谷』です。さまざまな理由で、谷に架けられた橋を渡ることができず、谷底に落ちてしまう…つまり臨床につながらなかった基礎研究の数々が、この谷底には眠っている、というわけです。実際のところ、基礎研究と臨床との連携をスムーズにすることは、これからの医学において重要な課題です。この死の谷をいかに安全に、効率良く渡りきるかということは重要ですね。そしてこの谷を越えた先にも、まだ困難はあります。これがダーウィンの海と呼ばれるものです」
「たとえ優れたお薬ができたとしても、それがビジネスベースに乗らなければ、医薬品メーカーも手を出せない。そうなると、そのお薬が世に出ることはありません。また、同じ疾患に対して複数の薬があれば、当然のように『よく効く薬』『使いやすい薬』しか使われません。優れたものだけが生き残れる世界…つまりはダーウィンの海、というわけです」
地道な基礎研究では、挫折や困難にぶつかることもある。それを乗り越えていけるのは「成功の記憶」だ、と中山教授は言う。
「それがどんなにささいなことでも、一度成功して『よし、うまくいった!』という感覚を味わうと、その達成感、高揚感というものが、なかなか忘れられないのです。人によって違うかもしれませんが、私の場合は、そうした『成功の記憶』が、困難を乗り越える力になっていますね」
「研究者の立場からすると、同じテーマを研究している人間が世界中にいる中で『誰が最初に謎を解くのか』という競争原理を、どうしても意識します。そんな中で誰よりも早く結果を出せるということは、本当に嬉しいことなのです。その嬉しさを忘れられず、またコツコツと研究に励む…ということを繰り返しているのです」
研究者にとって必要なものは何かを考えたとき、研究とは直接関わりのない、しかし幅広い能力が必要になると中山教授は考えている。
「まずは自分の研究の内容とその成果を世間にアピールする能力。これは論文を書くだけでなく『こんな病気も治せるようになるかもしれない』というような、一般の方にも判りやすい形でアピールする能力が必要です」
「若い力を育てる力も大事です。研究室で手を貸してくれる学生諸君の個性や得手不得手を見きわめ、個々の優れた点を伸ばしていく。彼らがより優秀な人材へと育ってくれれば研究にもはずみがつきますし、さらに多くの人材を集めることもできます」 「また先ほどもお話ししたことですが、研究の成果が形となって世の中に登場するまでには、特に産業界が関わる領域については、研究室とは違う価値観、判断基準というものがあります。そこまでを考えたうえで研究を進めていける視野の広さというものは必要になります」
中山教授は「好奇心こそ、前へ進んでいくためのドライビングフォース」と言い切る。そしてその上で環境を整え、そこで全力を尽くしてほしいと若者たちにエールを送る。
「学生の皆さんには、まず自分の好きなこと、得意なものを知ってほしいと思います。数学や物理が得意な人もいれば、生物に近いほうが面白いという人もいる。人それぞれに違うはずですから、まず自分の好奇心がどこを向いているのかを知り、進む道を考えてほしい」
「優れた先生、良い研究環境を選ぶということも重要です。そしてそのうえで、全力を尽くすことです。限界はあるかもしれませんが、その範囲内で最善を尽くしてほしい。中途半端がいちばんよろしくありません。後悔しないで済むように、全力で走っていただきたいと思います」
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